「一身にして二生を得る」伊能忠敬の生き方は早期リタイアのお手本

こんばんは、兼業サラリーマンのMMです。

現在は働き方や生き方が多様化してきたとはいえ、「会社に入り、定年まで勤め上げ、そこからゆっくりしたり自分のやりたいことをやる」という人生の人が大半を占めています。

僕も今サラリーマンをやっていますが、サラリーマン以外のことをやりたいと思う一方、経済的な理由からそれは出来ないと考えています。

色々やりたいことはありますが、やっぱり今はサラリーマンとしての給料が無いと生活できないため、それらをやるとしたら定年後になってしまうかもしれません。

そしてその頃にやるとしても、情熱は収まり、ちょっとした趣味としてで終えてしまいます。

きっと僕と同じように、やりたいことはあるけど、その楽しみは定年後に…考えている人は多いのではないかと思います。

ですが、江戸時代に既に一生の内に二つのことやり遂げた人物がいます。

日本地図を作ったことで有名な伊能忠敬です。

「一身二生」と称される彼の生き方を知る事は、ほぼ仕事だけで終える現代日本に新たな風を吹かしてくれるかもしれません。

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「一身にして二生を得る」伊能忠敬の生き方

「一身にして二生を得る」とは元々福沢諭吉の言葉で、江戸時代と明治時代という全く異なる環境を生きたことを指す言葉です。

また貧しい家の出身で50歳まで商人として必死に働き、その後好きであった学問で才能を開花させ、「日本地図」を作り上げた伊能忠敬の生き方も、一身二生と称されることがあります。

ニッポンを歩こうに伊能忠敬の概略がありましたので引用します。

伊能忠敬は日本ではじめて実測による日本地図を作った人である。

延享2年(1745)2月11日、上総国山辺郡小関村(千葉県九十九里町小関)の名主で、

いわし漁の網元をつとめる小関家に生まれる。2男1女の末っ子だった。

18歳のとき下総国佐原村(千葉県佐原市)の伊能家に婿養子となり、忠敬と名乗る。

伊能家は佐原村でも名家で知られる豪農で、造り酒屋なども営んでいたが、忠敬が養子に入った頃は傾きかけていた。

忠敬は商才を発揮し、家業の醸造業を多いに盛り立て、米穀売買にも手を染め、江戸深川に薪炭問屋を出し、金貸しも始めるなど、家業を拡大

37歳からは佐原村の名主となり、水害・飢饉の際は積極的に困窮した村民の救済に尽くしたことから、苗字・帯刀を許されている。

50歳で家督を景敬に譲り隠居生活に入るが、このとき家産30万両(約75億円)を残したといわれる。

いわばどんな贅沢三昧の老後をでもおくれたはずだが、この男は51歳で江戸へ出て、幕府天文方・高橋至時に弟子入りし、星学・暦学(天文学)を学ぶ。

そして寛政元年(1800年)、蝦夷地(北海道)の測量を皮切りに、56歳から72歳までの16年間、「ニ歩で1間」の歩幅で日本中の海岸線を歩き、ついに実測による「大日本沿海輿地全図」を完成させるのである。

この間に忠敬が歩いた距離はざっと3万5千キロ。歩数にして約4千万歩に及ぶ。

忠敬はもともと算術が好きで、向学心旺盛な男だったが、入婿の宿命で家業に精を出さざるを得なかった

そのため隠居生活に入って初めて、自分本来の人生をスタートさせたといえる。

「人生を2度生きた巨人」といわれるゆえんである。

早期リタイアを達成した伊能忠敬

忠敬はもともと算術が好きで、向学心旺盛な男だったが、入婿の宿命で家業に精を出さざるを得なかった。

伊能忠敬は算術というやりたいことがありましたが、家業に精を出すという義務があり、一旦はやりたいことをあきらめざるを得ませんでした。

ですが、その後事業を成功させ、莫大な資産を残して隠居生活に入り、やりたいことを再開し、そこで後世にも語り継がれる大偉業を成し遂げました。

この伊能忠敬の人生は、現代で言うとサラリーマンをやっている内に経済的自由を達成し、好きなことをする、に言い換えることが出来ます。

やりたいことがあっても、お金を稼ぐために会社勤めをしなければならない。

なので働いている間にお金を貯め、早くに労働から解放され、自分の生きたいように生きる。

経済的自由を獲得することは現代より江戸時代の方が遥かに難しかったはずですが、それを達成して好きなことで人生を全うした伊能忠敬の生き方は格好いいですね。

「興味」はイノベーションの最大の源

好きなことや興味のあることに対しては高いモチベーションで取り組むことが出来ます。

その高いモチベーションで取り組むことは大きなイノベーションを生み、社会に変革をもたらしてくれます。

伊能忠敬は算術・測量への興味から「大日本沿海輿地全図」を作りましたし、発明することに興味があったトーマス・エジソンは、電球、電話、発電機などを生み出しました。

興味はイノベーションの最大の源です。

興味があることに没頭することは、本人にとっても社会にとっても大きなプラスになります。

伊能忠敬が行ったように、現代日本のサラリーマンも、早期リタイアして好きなことを極めることが、実は日本を大きく良い方に変えるかもしれませんね。

まとめ

やりたい後は定年後に。。。というのが一般的になっていると思いますが、伊能忠敬のように早期リタイアしてやりたいことをやる、という生き方には憧れます。

好きでもないことを長々とやるよりは、好きなことを仕事にした方が自分も楽しいし、世の中のためにもなります。

一歩踏み出すのは勇気がいることですが、好きなことを上手くマネタイズ出来れば不安は解消されますね。

好きなこと=お金になる、の考えがもっと一般的になれば、現代でも伊能忠敬のような人がたくさん出てきて、日本に革新を起こしてくれることに繋がりそうです。

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