「シャドウ・ワーク」を減らすことは経済的自由への第一歩に繋がる

こんにちは、経済的自由を目指すMMです。

いつかはお金に縛られず自由に生活をしたい、そんなことを思いながら経済的自由を獲得できる方法を模索しています。

経済的自由を手に入れるということは「お金」から自由になると共に、「時間」を手に入れることとも同じ意味だと考えています。

一気に両方の自由を手に入れることは出来ませんが、効率よくお金を増やし、自由の時間を少しずつ増やしていくことで経済的自由に近づくことが出来ます。

ですので、毎日節約に励んで貯めたお金を投資に回したり、日々の仕事の中で効率化を図り、少しでも時間を作ろうと努力をしています。

ですが、知らず知らずの内にそのような努力を帳消しにしてしまう行動を僕らは毎日の生活の中で起こしています。

それが「シャドウ・ワーク」です。

このシャドウ・ワークについては良いとする意見と悪いとする意見があります。

ただ経済的自由を得るという観点からは、このシャドウ・ワークを減らしていった方が良いと考えています。

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シャドウ・ワークとは

シャドウ・ワークの定義についてはてなキーワードより引用してみます。

シャドウワーク

社会学者、イヴァン・イリイチが提示した概念。

シャドウ・ワーク(影の労働)とは、生産活動を維持するために必要不可欠だが、金銭の支払いの対象にならない労働のこと。

家事や育児、サラリーマンの通勤などがその典型といわれる。

拡大解釈すると、シャドウ・ワークには家人や子供の近所づきあい、学生の授業時間、子供たちのファミコン狂いなどまで含まれる。

本来は消費社会化を支える隠された労働という意味合いで唱えられた。

経済活動を支える労働は本来賃金を受け取る対象となるものですが、シャドウ・ワークは賃金の対象にはなりません。

ですが、社会の運営には無くてはならないものとなっています。

例としては上記にある通り、家事や育児、通勤時間などがあります。

身の回りのシャドウ・ワーク

もう少し具体的に身の回りのシャドウ・ワークを見ていきましょう。

自分自身がシャドウ・ワークと感じているものを挙げてみますが、アメリカに来てから気づいたものが結構あります。

会社での若手の雑務(飲み会の幹事等)

新入社員として会社に入ったあと、いわゆる若手の仕事というのは多くの人が経験しているのではないでしょうか。

飲み会の幹事を始め、歓送迎会の集金、社内報配布やエレベーターの開け閉め 等々。

これらが自分の役割として職務に明記され、評価対象になるのであればよいのですが、そうでない場合はシャドウ・ワークです。

本来であればこれらも賃労働になります。

サービス残業

これはいわずもがなですが、年俸制である場合を覗いては残業は賃労働です。

始業前、お昼休み、就業後に残業代無しで行う場合はシャドウ・ワークとなります。

ゴミの分別

日本では当たり前に行われているゴミの分別ですが、実はこれもシャドウ・ワークと言えます。

特に日本ではゴミの分別は細かく行われています。

国や地域によっては分別がもっと大雑把であったり、そもそも分別が無い所もあります。

丁寧な接客

丁寧な接客は、いわゆる「おもてなし」と言われて日本の良い所でもありますが、本来は賃労働に値するものです。

日本の店員さんや、カスタマーサービス等の対応は素晴らしく、チップ文化があればかなりのチップが貰えているはずです。

事実日本に行ったことのあるアメリカ人で、接客が良くチップを渡そうとしたら断られたなんていう話を何回か聞いたことがあります。

銀行ATM

銀行のATMでお金を下ろすこともまたシャドウ・ワークです。

もし現金を使うことなく決済が完了できるITインフラがあれば、ATMを使ってお金を下ろす必要はなくなります。

今はそのようなインフラが整っていないため、顧客に働いてもらっているという見方をすることが出来ます。

シャドウ・ワークで時間とお金が減る

全てのシャドウ・ワークが良くないことであるとは思いません。

むしろ行われることによって社会が上手く回っていることは事実ですし、助け合いに繋がっている所もあります。

ですが、減らしても良いシャドウ・ワークもあると考えています。

本来賃労働であるものをシャドウ・ワークとしていると、それを行っている間の時間を費やさねばならず、さらに本来貰えていたはずのお金も貰う事ができません。(+疲労感やストレスも溜まります)

時間とお金の2つは経済的自由を得るためには欠かせないものです。

シャドウ・ワークの断捨離で経済的自由に近づく

経済的自由に近づくためにはシャドウ・ワークの断捨離が必要になります。

国の文化や社会インフラの違いによって出来るもの、出来ないものがありますが、少なくとも若手の雑務やサービス残業等はなくなって欲しいですし、何とか無くしたい所です。

社会がそれ前提で成り立っているので中々変えることが難しいですが、上記で挙げたいずれのシャドウ・ワークも担い手の努力によって支えられています。

努力前提の組織や社会というのはその努力ができなくなった時に破綻しやすくなるというリスクもあります。

社会維持のためにも出来る限りシャドウ・ワークを少なくしておく必要があると思います。

シャドウ・ワークが少ないアメリカ

アメリカに来てからを思い返すと、シャドウ・ワークがかなり減ったように思えます。

若手の雑務はチームを円滑にするものと認識されているので上司の業務になっていますし、実働時間は労使交渉で決められているので基本的にサービス残業はありません。(少なくともアメリカ人は)

ゴミの分別も火力が強いから?という理由で分別も細かくありませんし、丁寧な接客はチップという対価に直接繋がっていますし、ITインフラが整っているのでお金のやり取りは全てネット上で完結出来ます。

アメリカは分業社会であるため、それぞれの役割がしっかり決められ、賃労働としてシャドウ・ワークもある程度表に出てきているイメージです。

もちろんこの前提として社会全体のコストは上がりますし、何より厳しい競争が土台にあることは認識しておく必要があります。

あくまで駐在員という外国人の立場で良い所しか見えていないことは理解していますが、シャドウ・ワークの概念に気づけたことも事実ではあります。

まとめ

シャドウ・ワークとは賃金が発生しない労働で、社会全体の運営には欠かせないものとなっています。

ですが、シャドウ・ワークには減らせるものと減らせないものがあり、経済的自由を達成するためには、減らせるシャドウ・ワークの削減により時間・お金の節約をしていくことが必要です。

シャドウ・ワークを見直すことは、働き方改革やサービス業の収入増に一役買ってくれるかもしれません。

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